1997「BABY V.O.X (ベイビーボックス)- Equalize her」の解説

1997「BABY V.O.X (ベイビーボックス)- Equalizeher」の解説

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BABY V.O.X (ベイビーボックス)のデビューは意外と古く1997年、ピンクルより前でSESと同期である。

とはいうものの、初期メンバーは、キム・イジとイ・ヒジン以外は全員別人でコンセプトも韓国流ヤンキースタイルで1集を発表、“髪を切る日”で活動したがヒットはなし。

その間に韓国歌謡界は男性グループ『HOT』の新型K-POPが席捲し、同所属事務所“SMエンタ”から女性グループ『SES』がデビュー、今までの女性アイドルの中でも例をみない人気で一大ムーブメントとなる。

それに続きDSPエンタが対抗馬として翌年1998年4人組『ピンクル』をデビューさせ、カン・スージー譲りのお姫様ポップでデビュー曲から短いスタンスにたて続けで3曲連続1位を獲得、『SES』と肩を並べるビッグスターとなった。

1997「BABY V.O.X (ベイビーボックス)- Equalize her」の解説

1集メンバー

  • チョン・ヒョンジョン(정현전)
  • チョン・ジウン(정시운)
  • チャ・ユミ(차유미)
  • キム・イジ(김이지 )
  • イ・ヒジン(이희진)

1997「BABY V.O.X (ベイビーボックス)- Equalize her」について

1996年、韓国国内のイベント企画を担当していたユン・ドゥンニョン(現在 DRミュージック)は、当時世界的に大人気だった英国のガールズグループ「スパイスガールズ」の韓国版を企画する。

まず、釜山でモデルとして活躍していたチョン・ヒョンジョンとチョン・ジウンを抜擢し、作曲家ソン・スンホの親戚のチャ・ユミが合流。

キョンヒ大学在学中だったキム・イジが路上でスカウトされ、最後にリュ・シウォンの公開放送を見に来ていたイ・ヒジンがグループにキャスティングされ、5人組として売り出された。

1997年”男に”をリード曲として活動を開始したが、当時の韓国はまだガールズグループが皆無で、ミュージックビデオの映像は当時「社会の雰囲気と合わない」と放送禁止となり、8月のKBSでのステージも「派手な衣装と社会批判的な歌詞」で大きく非難された。

今では考えられないが、当時の韓国では男しかラップを認められておらず、女性ラップが入った楽曲もリスナーに違和感をもってむかえられたのだ。(同年、アップタウンのタシャがデビューする)

所属会社は、やむなく後続曲をディスコナンバー”髪を切る日”にスイッチして、女性らしいイメージで転換をはかった。

しかし、ベイビーボックスがTVに出はじめると、当時社会現象をおこしていた男性5人組HOTと同じ人数であることから「女版HOT」と紹介され、過激なHOTファンから非難を受けることになった。

10月には、リードボーカルのチャ・ユミが母国であるアメリカへ帰ってしまい「グループ存続の危機」が訪れる。

“髪を切る日”のミュージック・ビデオの撮影現場でスカウトした、カン・ミヨンを緊急合流させて2週間の練習期間をへて、11月よりTV出演を再開したが「SBSの音楽番組で47位止まり」となり第1期ベイビーボックスは、あえなく幕を閉じた。

BABY V.O.X (ベイビーボックス)の他のアルバム

BABY V.O.X (ベイビーボックス)と同じ5人組のグループ

この1997年に発表された歌手・グループの作品